ruru on the roof

大好きな絵と絵本と、日々のこと・・

ピアノのこと

実は、ピアノが弾けます。

一番はじめに習ったのは、4歳のころ、隣の隣にお住まいだった、おばあさまの先生でした。階段を上がって、よく陽の当たるお部屋で一音ずつ教えて頂きました。とっても穏やかな先生で、「はい、これね。」とお名前を書いて、楽譜を手書きで下さいました。初めての授業で習った曲(たぶん先生が作曲されたのかしら)をまだ覚えています。でもはじめてすぐ、ニューヨークに住むことになってしまい、先生とはそれきりになってしまいました。

次にマンハッタンの高層マンションに住む、美しい先生に習いに通いました。この先生はジュリアード音楽院を出たピアニストで、指がいろいろと動くことよりも、「歌いなさい」「響かせなさい」ということをとても熱心におっしゃって、音が一音一音美しくないとだめ!というのを毎回言われました。私はこの先生のお顔が好きで好きで、ついうっとりと眺めていてよく怒られました。

何だかよく分からないままに、そこそこ楽しく通っていたピアノでしたが、一番最初にピアノが自分の手の中に入った気がしたのは、8歳の夏、日本に帰ってからのことでした。バッハのアンナ・マクダレーナのための小曲集を先生にもらったときのこと。それまでは子どもながらに、積み木を並べたような曲ばかり、「何だか子どもだましだ」と思っていました。ところが、さすがバッハ。楽譜を追って鍵盤を押して、それが和音になって・・ということの喜びを初めて感じて、毎日小説の続きを読むようにピアノの前に向かいました。それから、弾けるようになったインヴェンションの15曲が、何をしていても頭の中に響きわたるのに、時間はそうかかりませんでした。色々な先生を紹介して頂いたり、コンクールにも出てみたり、ソルフェージュや作曲のクラスにも一時期通ったり、とっても夢中になりました。

 

3歳からの大切な幼なじみは、ヴァイオリンを習っていて、毎日毎日沢山練習をしていました。(その後彼女は研鑽を重ねて、ドイツのオーケストラで働くヴァイオリニストになりました)彼女のお母様も音楽家で、中学生になるころ、お母様に見て頂くようになりました。小さいときから子供のように可愛がって頂いている、誠実で大好きな先生です。色んなお話をして頂きました。私は早く弾きたい気分がとにかく先走り、指使いがめちゃくちゃな生徒だったので、よく先生はびっくりしていました。「もし、ピアノの学校に行きたいなら」ある日、先生は言いました。「一からやらないと、だめよ」私も、びっくりしました。音楽の学校に行くなんて、考えた事もなかったから。私は絵が好きでした。別にはじめた、習い事にも夢中になっていました。それはちょっとちがうな、帰りの地下鉄の電車の中で、真っ暗な窓をじっと見ながら思いました。

大好きなピアノはいつの間にか自分の手の中からするりとほどけ落ちて、「それは、あるもの」として違うことに目がいく時期になっていました。

 

それから忙しくなって、お引越しが多いお家だったこともあり誰かにあげてしまい、ピアノのない生活が10年以上続いていました。

ところが。

「音楽室をみつけたよ。行ってみたら」

今年の冬、主人が、近所に時間貸しでピアノを借りることができるお部屋を見つけてくれました。なかなか捨てられなかった楽譜を抱えて、とってもとっても久しぶりに鍵盤の前に座りました。

左手の小指と薬指は完全にひっついて、よれよれに転びそうになりながら、坂道を下って行くような音でした。頭のなかの音と、聞こえてくる音があまりに違って、とうとう手が止まりました。大きな息をはいて、当時大嫌いだった、HANON(指の練習のための曲)のメロディを一つ一つ思い出しながら不細工に弾きました。

毎週じゃないけれど、ときどき練習に出掛けて、最近ようやく、ほんのちょっと指が動くようになってきました。以前は色んな曲が頭の中に入っていて、鼻歌を歌うように次々弾けたのに、今ではすらすら弾けるのは、以前に演奏会で弾いた数曲だけになってしまいました。それでも今のほうが弾きたい曲が沢山あるくらいで、楽譜をピアノの上に積み上げて、まばたきも忘れてノリノリで楽しんでいるところなの。

 

なのに!!絵を描くのに夢中になったり、本を読むのに忙しかったり、お仕事もしたり、お家のことも楽しかったりして、なかなかピアノの時間がとれない。時間がない訳ではないのに、おかしい。。今日は雨だから気分が乗らないとか、歯が痛い気がするとか、何だか眠いとか、むにゃむにゃしているうちに、やっぱり今日も終わってしまいました。明日は・・・むりだな。明後日は・・どうしようかな。 。

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