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ruru on the roof

大好きな絵と絵本と、日々のこと・・

マティスの夢、ピカソの夢

art

生まれて初めて買ったポスターは、マティスの「夢」でした。

もともと私は色々なことに出遅れてしまうたちで、自分のお部屋に好きなポスターを貼っていいなど、夢にも思わずに過ごしていました。早熟な弟は、中学生にしてラッセンのポスターを買ってもらっていた。主人は子どものころ、彼のヒーローだったジャッキーチェンとタイガーマスクのポスターを部屋に貼っていたらしい。それを聞いたとき、そうか、そういうものなのかと初めて気付いたのですが、それでも私は何だか選べずにいました。

 

いつだったかは忘れたけれど、学生のときにマティス展に足を運んでこの絵を見たとき、ぴたっと足が止まり、すっかり、ぼぅっとなってしまいました。

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Henri Matisse   ' The Dream '   1940

 

かなり大きい作品なのですが、見上げてじっと色をたどっていくとぐるぐる中へ潜って行くような気持ちになります。柔らかくて、温度があるような作品でした。出口のミュージアムショップでポスターを抱え、お部屋にどきどき貼ったことを覚えています。何でもいらなくなったら捨ててしまう私にしては珍しく、端の方がよれよれになっても、半分に折って今でも大切に保存しています。

 

中学生のとき、美術の選択授業で好きな絵を模写する、というカリキュラムがありました。私はちょっと難しい絵に憧れてミレイのオフィーリアを選んで大変な目にあったのですが、一つ年上の人が斜め向かいの席でこの絵を描いていました。天井の高い美術室の白い光の中で、彼女が丁寧に丁寧に赤を作って塗っていたのを思い出します。

ときどき水の中のあぶくみたいな会話を交わしたくらいで、彼女とはそれきりになってしまった。もう顔も名前も思い出せないけれど、もし今、隣に座って何かを描いていたらきっと彼女だと分かる気がする。残り香のような人の気配や思い出が、実際よりも濃厚なときがあるもの。実際、だいぶ後になって、この絵を画集で見たとき無性に懐かしかった。この絵も「夢」といいます。

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Pabro Piccaso ' La Reve '  1932

 

マティスと、一回り年下のピカソは1900年初めに出会いました。ピカソはかつて、

「誰も自分ほどマティスの絵を注意深く見る者はいないし、マティスほど自分の絵を注意深く見る者はいない」

と二人の関係を言ったそう。一方でマティスは、

「私が、もし今やっているようなことをやっていなければ、ピカソのように描きたいと思う」

と答えたらしい。とてもとても面白いと思う。でも同時に、自分たちは北極と南極みたいに違うと評した。仲良しだった時期と疎遠になった時期とあるそうだけど、ずっとお互いを意識しあった関係だったのだな、と思う。

 

マティスの絵はお洒落だと思う。色気があって、さらっとしているのに柔らかい。見ていると、奥へ奥へ入って行くような気持ちになる。ピカソはまるで尖った閃光のように、少し乾いた眼差しを持っていたのじゃないかしら。フランスの甘さじゃなくて、スペインの強い太陽の光と深い影を見たときにピカソの絵を思い出したことがあるもの。

だから、ふたりがお互い惹かれるのに全然違うというのも分かる気がするし、目をそらしても離れきれずに影響しあったことも、同時代を生きた画家たちの不思議な縁を感じる。そうして描いた絵は、コーヒーの中にミルクが混ざってまた美味しくなるみたいに、お互いがいたから更に美しい作品が生まれたに違いない。(このグッゲンハイム美術館にあるピカソの「黄色い髪の女」を見て!マティスの「夢」の絵とそっくり。。この絵がなければ、あの絵はきっと生まれなかったのでしょう。)

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Pablo Picasso  'Femme aux cheveux jaunes ' 1931

 

ピカソの油粘土みたいな触感ののびのびした絵を見ていると、その懐の大きさにとろけそうになる。でもやっぱりマティスの「夢」をみると、そのとき美術館でうっとりした自分や、そのあとにポスターを貼った部屋の中でいろいろなことを考えたり、思ったり、いま思い出すと真っ赤になってしまうようなことをしてみた自分のことも、同時にたくさん浮かぶ。どっちもとても好きだけど、やっぱり私にとっては、マティスの「夢」が特別だなぁ。。

 

(本文、NY art.comさまより一部引用させて頂きました。)