ruru on the roof

大好きな絵と絵本と、日々のこと・・

春の手紙

淡い藍色の帳が少しずつ深さを増していくのを見ていた。部屋の闇が濃くなって、ぎりぎりまで我慢するけれど、細かな字が追えなくなって電気をつける瞬間は何ともわびしい気持ちがするの。

 

主人が風邪をひいて、もう4日になる。最初は頭痛、それから熱、すぐにお腹にきて、そのあいだ彼が食べたものといえば、オレンジゼリーとヨーグルトと、おかゆばかり。。しかも、眠ってばかりいるの。ふりむくと布団をかぶって静かな寝息がたっていて、起きているのは数時間しかない。とても心配だった。

「もう寝てばかり、いやだな。」

「きっと疲れが出たのよ。。」

「いや、寝るのにも疲れたんだ」

テレビの中で、あわあわと桜が満開になっていく映像を見ては「外はもう、こうなってるの・・」としゅんとする。この時期が一番好きなはずなのに可哀想に。。

私も主人の代わりに出掛けたり、帰ってきてもミイラの横にいるみたいで心配だけど、つまらないし一人でご飯を作って食べても美味しくないので、傍らで本ばかり読んでいた。ここ数日のあいだに、「あしながおじさん」と「源氏物語」を読み終えて、あまりに頭の中がそれでいっぱいで、夢までみた。しかも3日くらい続けて!!宮廷の雅と和歌が交錯して、古都の春と何やかんやで不思議な気持ちになった。

 

あまりにも有名で、手に取らなかったこの二冊の本には(偶然だったのだけど)、共通項があった。それは「手紙」ということ。

あしながおじさん」は主人公のジュディが書く表現豊かな手紙のみで展開される物語だし、「源氏物語」の中では和歌を読み文を交わして話が進んでいく。

ジュディの手紙は率直で、それからサービス精神に溢れている。私は手紙を書く時は話し言葉のように書いてしまうことが多いけれど、ジュディはそれだけじゃなくて、ラジオのDJのようだったり、脅迫文のように書いたり、固く礼儀正しく書いたり、わざと乱暴に書いたり、色んな書き方で顔を知らない「あしながおじさん」へ手紙を書く。実は少し前に「チャリング・クロス街84番地」を読んだのだけど、著者はきっとこの本の読者だったと思った。(この本は実話で、アメリカの読書家の女性がイギリスの由緒正しい古本屋さんに本の注文をしていく文通のような往復書簡なの。この話も面白いけれど、また今度にね)でも本当に最後の最後まで、ジュディの手紙だけでお話が進んでいくところにびっくりしたし、あまりに物語の出来がよすぎて、読み終えて、すぐにもういっぺん最初からページをめくってしまったほどでした。

源氏物語」の、難しいところは正直よく分からないまま読んでしまったのだけど、行と行の柔らかな間や、平仮名がゴージャスに並んでいる様子に、日本語って綺麗だな、と思いました。沢山同じ「何とかの宮」がいて、名前を覚えるのが苦手な私は何度もごっちゃになったけれど、何だか面白くて、少し意地になって終わりまで読んだ。でも、相手の風雅を測ったり、不都合な内容のお手紙がきたら「これは違う方に宛てたお手紙が間違えて私のところに届きました」なんて返したりする、そのウィットの応酬が実に面白いと思った。こんな風流な返しが出来るようになる、毎日の磨き方ってどんなかしら・・・私でもいつか咄嗟にあんな歌が詠めるようになるのかしら!!と色んな事を考えてしまいました。

そうして読み終えて、勿論手紙をいっぱい書いた。(書かなくちゃいけない人もいたし、読んでいるあいだに書きたくなった人も大勢いたの!)

 

そして今朝、実家から小包が届いた。中を開けると、短い手紙と、それから私が行きたくていけなかった展覧会の図録が入っていた。私はきゃあきゃあ喜んで、それから少し良くなって起きてきた主人と、日がなこの本で楽しんだ。二人でめくって批評家のようなことをしたり、一枚一枚の絵について小さな物語を話したりする。私が一昨日送った葉書がもう着いたんだな、郵便屋さんってすごいな。。そう思いながら母の丸い字を見ていたら思わず笑顔になりました。メールがどんなに進んでも、その人が選んだ封筒や切手、それからこの便箋にむかってペンを走らせたのね、ということが何だか嬉しくてやっぱり手紙って大好き。新しい切手をまた買いにいかなくちゃ。。そう思いながら、図録の中に手紙を挟んで本棚にしまいました。

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